あしたがくるまえに

真剣30代しゃべり場

折り合い

 

最近、正式に彼氏と同棲を始めた。

お互いの親に会って挨拶も済ませて、あとは私の荷物を片付けるだけになった。

彼は口のまわりとあごにひげを生やしている人で、私は、挨拶に行った日の朝に、はじめてひげをきれいに剃ったつるつるの顔を見た。私の両親と話しているときに横を見ると、鼻の下にうっすら汗をかいていて私も緊張してしまった。

そして、ちょっと嬉しかった。

 

 

彼の部屋は2LDKで、リビングと和室の間にあるふすまを取って広く2部屋をリビングダイニングとして使っているので実質1LDKのようなものだ。

彼は4年間この部屋に1人で住んでいた。古いアパートだけど、とっても気に入っている部屋らしい。

1人暮らしが長いと、部屋にはモノが増える。

私が荷物を運びこむと部屋が狭くなるのでは、と思ったけれど、新しく棚を作ったり、要らない衣類を捨てたりして私のスペースを捻出してくれた。私もなるべく荷物を減らし、必要最低限のものしか持たないようにした。

 

一緒に暮らすということがぼんやり決まり始めたころから、私にはひとつ不安があった。

彼と私とは、性格が真逆といってもいいほど違うのだ。

彼は基本的には誰に温厚だけど、必要な時は誰にでもはっきりものを言う。知らない人にも全く遠慮しないし、間違っていることは間違っているとはっきり言う。対して、私は誰とでもなるべく争いごとを避けたい。知らない人なんてもってのほか、友人にだってそうだ。自分が我慢することで波風が立たないなら、間違いなくそちらを選ぶ。

ほかにも、彼は几帳面だけど私は大雑把。彼はお風呂に入るのを面倒くさがってご飯を食べた後何時間もゴロゴロ、私は帰宅したら即湯船に浸かりたい…。半同棲を半年続けてきて、生活の面でも違いが見えていた。だけど、それは他人だから仕方ない。

彼とは何日も口を利かないような大きな喧嘩をしたことはまだない。基本的に私が全部折れるからだ。小さな喧嘩はよくするけれど、私は口喧嘩で勝ったことがない。というか、怒りなれていないから口喧嘩とも呼べないかもしれない。言うなれば彼がR指定で私が呂布カルマ。あれくらいボコボコにされる。もう何も言うことねぇわ。

 

まあいいや、と思う。

彼の嫌なところはたくさんあって、この嫌なところとこれからずっと向き合わなくてはいけないのか、と思う瞬間が死ぬほどある。だけど、まあいいや、と思う。「所詮他人だから解り合えない」という諦めなのかと言われると、そうではない。

自分の中で折り合いをつけるやり方を私は知っているからだ。彼にだけでなく、子どものころからそうしてきた。

私が「嫌だな」と思っているのと同じように、彼にとっても私の嫌なところがいくつもあるはずだ。彼はそれを私に伝えてくれるし、私もそれを聞くと直そうと思う。彼に指摘されたことを「自分のスタンスを変えたくないから、彼が我慢すればいいからまあいいや」とは私は思わない。彼も同じだといいなと思うけど、私は彼に、彼の嫌なところが言えない。

 

 

この間の日曜日、彼とドライブしていた時、コーヒーを買って渡してくれた彼に私は無意識に「すいません」と言った。「ありがとう」という意味の「すいません」だった。

彼は「おー」と返事をしてからしばらく考えていて、小さい子どもに話すみたいに言った。

「おまえ、悪くないときも謝るけど謝らないでいいよ。ありがとうっていうときまでごめんって言う。そんなに萎縮しなくていいよ。もっと自分の意見もっと言っていいし、別にもっと怒ってもいいし。喧嘩はするかもしれんけど、まあ、それはそれでいいでしょ」。

彼が窓を開けてたばこを吸うと、冷たい風と一緒に灰が舞って車内に入ってきた。お気に入りの茶色いニットに灰がついて、擦ると白くなってしまった。気が付いた彼は「これ使って」とウェットティッシュを渡してくれた。プライドなのか性格なのかわからないけれど、こういうときに彼はよく、言葉にしないで「ごめん」を言う。きっと、言葉が必要なときもあると思う。

 

 

やっぱり私は誰とも、なるべく、喧嘩はしたくないな、と思う。自分の心を折って、意見を曲げてでも、人を嫌な気持ちにさせるような喧嘩はしたくないと思う。喧嘩にならないようなやわらかな言葉でも、誰かの心は動かせるから。だけど、言わなければいけないことを、本来黙っている必要はないのだ。

彼といて、この人とは自分の気持ちを忖度なくぶつけて、喧嘩して悲惨なことになっても大丈夫なのかもしれないと思う。でもなかなか勇気が出ない。

果たして、呂布カルマがR指定といい勝負する日は来るのかしら。

 

 

「折り合い」ってとても美しい日本語だと思う。

好きだな。星野源の曲を聴くと、日本人でよかったなと思う。